「わが星」のループ構造について(twitterから)

わが星「OUR PLANET [DVD]

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土曜日のセミネール「演劇の新潮流2 ポストゼロ年代へ向けて 第3回 ままごと=柴幸男」予想以上の参加者があり盛況。参加していただいた皆さん有難うございました。ただ、内容については見せたい映像がありすぎて十分に参加者との議論ができずにやや消化不良になってしまい反省も。

ままごと「わが星」はポストゼロ年代のいろんな事象の結節点のようなところにある作品。レクチャーでは「わが星」のアイデアリソースとして口ロロ少年王者舘、「わが町」を取り上げたのだが、実はそのそれぞれがラップ演劇、セカイ系、「世界の写像としての演劇」という大きな主題につながる。

例えばラップ演劇ではレクチャー中で口ロロ以外のラップについて柴さんが書いていることをほんのさわりだけ紹介したためにラップのこと分かってないのに生半可なことを言わない方がいいというようなお叱りを受けてしまった。

ただラップと演劇というテーマは奥が深く、それだけに興味深いのだが、私の手には余るのでおそらくこれだけでも音楽に本当に詳しいゲストを招いて1回以上(おそらく数回分)のレクチャーが必要になるような主題であろう。

今回のセミネールではいろんな問題群が登場したのだが、なかでも興味深いのは参加者から出た「ループ構造にはどういう意味があるのか?」という質問。実際の現場では私はこの質問の重要性が分かっていなかった。

実はこの質問にはいろんな「意味」が含まれていたのかもしれないのだが、「意味」というのを「機能」というふうにとって、本来だったら豊かな議論になるかのしれない問題を見逃したのかもしれない。

「わが星」がループ構造をその内部に多く含む意味にはいろんなレベルの答えがあるだろう。ひとつはDJにおけるサンプリング音源のループプレイのようにある種の音楽の持つ構造を作品構造として借りてきているから。これはひとつの答えになるかもしれない。

あるいは太陽系における惑星の運行(自転や公転)が円環的な軌道を持つ周期的な構造を持ち、そうした系の誕生と終焉を主題とした「わが星」はそうした構造を作品自体の構造のモデルとしているから(世界の写像としての演劇)。これもひとつの答え。

劇中の時間の流れが時系列に忠実に流れることで物語を語るとベタになる。それを避けるために物語の流れを切断、コピー、シャフルし、それをつなぎかえることで、物語と観客との間に簡単に感情移入できないような距離を置く(異化効果)。

繰り返し(ループ構造)が、観客のそれぞれが持つ個人的な記憶に働きかけてそれを刺激して記憶を喚起するトリガーの役割を果たす。

ループ構造を好む性向=ゲーム的リアリズム。つまり、リセットすることで無限に反復可能なゲームのようなリアリティーが作品のモデルとなっている(これはポストゼロ年代演劇に顕著な特徴になっている)。

ループがある、あるいは時系列で記述がつながっていないということは情報に欠落があるということ。この欠落は全体としての意味を解釈するために推論ないし想像力で補ってやってはじめて完成するものであり、つまり、ここで誤読の自由が生まれ、解釈は多様性に向けて開かれるということ。

少年王者舘も「夢+夜」を映像で一部紹介した後、その影響について「ループ構造」と「言葉遊び」については簡単に説明したが、セカイ系についてはそこに入り込むといくら時間があっても足らず次の「わが町」の解説をするひまがなくなると判断して触れずじまい。

「わが町」についても日本での上演例の映像はなかったので英語での紹介を使ったが終わった後、いまひとつ伝わってないことが分かったのでもう少し丁寧に紹介するべきだったかもしれない。