柿喰う客「悩殺ハムレット」@ABCホール

女体シェイクスピア001≪東京、三重、大阪、愛知≫
出演:七味まゆ味 コロ 深谷由梨香 右手愛美 葉丸あすか 大杉亜依里 岡田あがさ 荻野友里 葛西幸菜 葛木英 熊川ふみ 障沒∠諱@新良エツ子 兵頭祐香 渡邊安理
原作:W.シェイクスピア 脚色・演出:中屋敷法仁 【美術】原田愛【照明】富山貴之【音楽】佐藤こうじ【音響】上野雅【衣裳】高木阿友子【ヘアメイク】田中順子【舞台監督】棚瀬巧

 小劇場系の演劇でシェイクスピアの翻案・改作を行うのは珍しいことではないが、面白くやるということは簡単なことではない。ましてそれが「ハムレット」となるとなおさらだ。少し思い出して見るだけでもトム・ストッパードによる「ローゼンクランツとギルデンスターン」、横内謙介「フォーティンブラス」など「ハムレット」を下敷きにした2次創作作品やピーター・ブルックハムレットの悲劇」までさまざまな趣向での新演出など挙げていけば枚挙にいとまがないほどで、そういう前例を踏まえて新しいことをやらなければ意味がなくしかもそれを面白くというならなおさらハードルが高いからだ。
 柿喰う客(中屋敷法仁脚色・演出)版の「ハムレット」にはいくつかの特徴があった。最大のそれはすべて女優だけのキャストによる上演だということだ。シェイクスピアで女優というと「女たちの十二夜」が有名である。だが、これは主要なキャストを男装した女優が演じはするけれど、例えば道化役には生瀬勝久が出演するなど実は男優陣も出演していて、女優だけのシェイクスピアではない。青い鳥も「ハムレット」を上演したことがあり、これもハムレットは女優が演じているが、実は男の役を女優が演じ、女の役を男優が演じるという逆転バージョンのキャスティングなのだった。
 だから女優だけの上演は珍しい。と書きかけて重要な公演を失念していたのを思い出した。いるかHotelによるシェイクスピアの連続上演「The Comedy of Errors 〜間違いの☆新喜劇?〜」*1「からッ騒ぎ!」「十二夜!ヤァ!yah!」*2である。こちらは正真正銘、女優だけ(オールフィメール)によるシェイクスピア上演だった。もっとも同じ女優だけの上演と言っても、いるかHotelのはいずれも喜劇(コメディ)で、登場人物がすべて関西弁を話すことから、上方喜劇の風味がミックスされていたのに対して、柿喰う客が挑戦するのが四大悲劇のひとつである「ハムレット」であり、次も「マクベス」らしいから悲劇が当面続くことになりそうなのは志向の違いもはっきり出ていて興味深い。
 ただ今回の場合、本当の特徴はむしろ登場人物のすべてが渋谷にたむろしている若者のような口語体をさらにデフォルメされたような若者言葉を使っていることかもしれない。そのため、舞台の印象としてはデンマークの王家の人々の間に起こる争いというような側面は薄れて、下手したら不良グループの頭目同志の争いの程度にしか見えず軽薄との批判もまぬがれず出てくるとは思うのだが、その分、今の若者たちを中心とする観客には腑に落ちるようなイメージの読み替えだと思う。
深谷由梨香のハムレット右手愛美のガートルードとも魅力的だが、なんといっても異形の存在感を見せていたのはフォーティンブラス(七味まゆ味)。スキンヘッドに頭頂の髪のみを残したヘアスタイルにも吃驚させられた。当たり役だったと思う。
 もうひとつはシェイクスピアのテキストを最低限度必要だと思う部分を抜粋してつなぐような形で通常は3時間程度、すべてカットせずに上演すれば4時間以上がかかるともいわれている「ハムレット」を、スピード感あふれる演出ともからめて、コンパクトで見やすく仕上げていることだ。
 作品を短くするとカットされることも多い、フォーティンブラス、ローゼンクランツとギルデンスターンのくだりや劇中劇も原作通りにちゃんと流れを抑えて入れ込んでおり、ほぼ原作に忠実な物語に仕上げているところに中屋敷のセンスのよさを感じた。