シンクロ少女#12「ファニー・ガール」@三鷹市芸術文化センター

MITAKA "Next" SELECTION 14th 参加作品
■キャスト
泉政宏 横手慎太郎 中田麦平 名嘉友美(以上、シンクロ少女)
浅野千鶴(味わい堂々)満間昴平(犬と串)坊薗初菜 墨井鯨子 用松亮 あやか 原西忠佑 太田彩佳 赤澤涼太 吉岡そんれい

■スタッフ
脚本・演出 名嘉友美
舞台監督 本郷剛史
音響 田中亮大
照明 山内祐太
宣伝美術 郡司龍彦
制作 会沢ナオト
■協力
味わい堂々
犬と串
イマジネイション
スターダス・21

■主催
公益財団法人 三鷹市芸術文化振興財団

 シンクロ少女「ファニー・ガール」を観劇。2時間半という長さを飽きずに見られたのは若手劇団としてはなかなか大したものだと思った。この舞台は男女のことも語られはするが、2世代にわたって親子関係を中心に家族のことがつづられる一種の「家族劇」といっていいだろう。家族劇といっても、ここで描かれるのはかならずしも普通の家庭というわけではない。亡くなった母親の妹が引きとり、処女である彼女と結婚したゲイの義父と3人で暮らす少年。母親が家出したために父親と2人で暮らす少女。その逃げ出した母親が再婚して連れ子と暮らす家族。これらは通常の感覚でいえばかなり変則的といえる。
 さらに物語の後半ではそこで育った少年少女が大人に育ち、自らも結婚して子供が生まれ、家族が世代を超えて受け継がれていく姿が描かれる。だが、そこに描かれるのも、親友が妻と不倫関係を持ち生まれたのではないかと疑いが隠せないため息子に対してついつきはなすような態度をとってしまう父親。義理の妹に微妙な感情を持ち始める夫につい距離をとってしまう妻。いずれも前世代の変奏曲のようだが、これが皆、芝居の前半に子供として登場した人物の大人となった姿なのだ。
 しかし、いずれの家族に対しても作者のタッチはそれを変わった家族であることを強調して描き出すわけではなくて、一見変則的に見えてもそこには普遍的ともいえる家族愛があるのだとして描き出す。
 これを単に世代的な特徴に還元して説明したらよくないことは承知している。作者である名嘉友美という人の個人的な資質と考えるべきなのかもしれない。家族劇といいながらちびまるこちゃんやさざえさんに代表されるような日本の古典的な家族観とはかなりかけ離れた家族ばかりを登場させていて、そこが現代的ながらも、従来の作劇であればそこに不幸を感じさせるところを全然そういうことはなくて、むしろこの舞台の場合、無前提に家族愛というものに対する信頼感のようなものが見え隠れする。そうした筆致にどうしてもこの世代の作家(ポストゼロ年代演劇)の特徴を見つけ、そこが少し前の世代の作家との大きな違いではないかと思ってしまう。
 同世代の若い観客もこういう感情をおそらく共有している感がある。どうやらこの舞台を見て感動している観客が大勢客席にいるようだということに気が付き、「家族愛」などというとすぐにそこに偽善の匂いを感じ取ってしまうような感覚を持っているおじさん世代としては少しついて行きにくい。どうしても「ちょっと、待ってくれよ」と思ってしまう。これは柴幸男の「わが星」などでも感じたことだが、柴の作品では形式の新しさ、このシンクロ少女では家族の様相の新しさと違いはあるが、そういう新しさとは反対に「家族愛」のようなものに対する信頼感など価値観の保守化が進行していて、そういうものを共有する観客との間に共振現象が起こるというようなことが舞台空間で起こっているのではないかと感じた。そして、それを旧世代の感覚で若さゆえの未熟と決めつけることも出来ないではないが、それだけではそこで共振している時代の空気のようなものを見落とすことになりかねないとも感じている。 
 「ファニー・ガール」の表題は芝居のなかでも登場人物がそのビデオを見ることになるバーバラ・ストライザンド主演の米ミュージカル映画から取ったと思われる。作者もよほどのミュージカル好きなのだろうか。様式は基本的には会話劇なのだがその途中でところどころで音楽に合わせて踊るミュージカル的な場面が挿入される。キャスト総出によるクイーン熱唱は昔からのクイーンファンとしては苦笑いするしかないが、いいアクセントにはなっていたのかも。ただ、様式的にはこの劇団にはまだ正体の分からないところも多く、それだけに今回の舞台を見ただけではまだ底が見えない。要注目の劇団であることは間違いなさそうだ。