TRASHMASTERS vol.26 「たわけ者の血潮」@座・高円寺1

2017/2/2 Thu ― 2/12 Sun 全13ステージ @座・高円寺1

作・演出中津留章仁

出演
星野卓誠 倉貫匡弘 郄橋洋介 森下庸之 森田匠 長谷川景 川粼初夏
林雄大 多田香織[KAKUTA]
林田麻里
会場
座・高円寺

 家族をモデルにそれを芝居にして上演する劇作家。などと書くとハイバイの岩井秀人のような作風の作家を連想するかもしれないが、この芝居に登場する作家はタイプが違う。そして彼と彼のその家族たちを巡り、浮かび上がってくるさまざまな問題が描かれていく。
 冒頭近くでは登場人物はそれぞれの持つ演技、演出観をぶつけ合い論戦する。というのはこの家族は亡くなっている大女優である祖母をはじめ、演出家・劇作家である孫息子、彼と一緒に彼の処女戯曲を書こうとしていた翻訳家の長女、その夫の市会議員(民進党選出で離党を検討している)とその息子は直接演劇にはかかわりがないが、女優で叔父の舞台に出演している孫娘も含め「演劇一家」だからだ。
 そこでは先に書いたとおりに「演劇とは何か、演技とは何か」と演劇について論争する場面から芝居ははじまるが、そうした演劇論が実はかつて新劇の大女優を中心にして営まれていたという事情を背景に家族間の葛藤さらにはそれぞれの抱いている政治的な思想の違いから、共謀罪ヘイトスピーチ対策法、在韓日本大使館・日本領事館前の少女像の問題など表現の自由に関わる問題などの政治的な主題に表現対象は移り変わっていく。
 時事的なモチーフをほどよく素材に取り入れているということにおいては現実に対する接点が見受けられるという意味では評価すべき点がある。ただ、政治ショーとしてこれを見る時、何が私の精神的な負担となるのかがはっきり分かった。中津留の作劇ははある問題について論じる際、劇中で議論するとして、基本的にどちらか一方の主張に偏る傾向が強い。反対意見が劇中に出てきても最終的にはそれは論破するべき論点の域を出ていない。それゆえ、中津留の主張に同意しない観客は反論の機会を与えられることなく一方の立場の意見を滔々と語る役者の熱演を見させられることになり、見ていて次第にいらいらしてくるのだ。その精神的な負担はきわめて大きい。
 それでもそれぞれの論旨について個人的には叩首しかねるものがありつつも、中盤まではまだ面白く見ていた。だが、もっとも不可解だったのはそうした政治的な議論や家族の問題が最終的に祖母が望んでいた大麻解禁の主張に集約していく流れだ。
 作者は本当に大麻解禁の思想に賛同しそれを訴えようとしてこの芝居を創作したのだろうか。祖母が望んでいたからと父親に離党をするならば大麻解禁を次回の選挙公約に入れてほしいとどう考えてもできるはずがない無理な注文をする孫息子に対し、市会議員の父親が舞台の最後で同調するかのように描かれているのだが、正直開いた口がふさがらなかった。こんなことはあり得ないし、そこには一片のリアリティーも感じられない。