劇団しようよ「あゆみ」@こまばアゴラ劇場

出演

門脇俊輔(ニットキャップシアター/ベビー・ピー)  金田一央紀(Hauptbahnhof)
土肥嬌也  高橋紘介  楳山蓮  御厨亮(GERO)  森直毅(劇団マルカイテ)
大原渉平  吉見拓哉(以上 劇団しようよ)
柴幸男(ままごと)
スタッフ

舞台監督:北方こだち(GEKKEN staffroom)
照明:吉田一弥(GEKKEN staffroom)
音響:森永キョロ(GEKKEN staffroom)
演出補佐:小杉茉央(劇団マルカイテ)
演出助手:渚ひろむ
宣伝美術:大原渉平
制作:植村純子  徳泉翔平  前田侑架
制作協力:飯塚なな子

 ポストゼロ年代演劇を代表する劇作家である柴幸男(ままごと)の岸田戯曲賞受賞作品「わが星」と並ぶ代表作が「あゆみ」である。初演以来、何度もほぼ同一のキャスト・演出で再演を繰り返してきた「わが星」とは異なり、こちらは毎回キャストを代え、その度に演出も変更して上演されており、畑澤聖悟率いる弘前中央高校が「弘前のあゆみ」として高校演劇コンクールで上演し、全国大会で上位に入るなど他団体による上演も珍しくない。
ままごと「あゆみ」2010年ダイジェスト

 もともと、「あゆみ」は全員高校生ぐらいの年齢の若い女優によるキャストで「あゆみ」という名前のひとりの女性が生まれてから死ぬまでの一生という長い時間を演じるという趣向の作品。ゼロ年代の演劇が平田オリザ以来のリアル志向の演劇であるのに対し、「あゆみ」は何人もの女優たちが次々とひとりの「あゆみ」を演じ継いでいくというのが演出上の特色で、1人の俳優が1人の人物を演じればそれはほぼその演じてみせた人がその人のイメージにならざるをえないわけだが、ここでは複数の人物が同じ人物を演じることで見る側の中に形成される仮想のイメージとしての「あゆみ」を観客それぞれの想像力を喚起することで生み出されていく。極端に言えばそこには観客の数だけのそれぞれの「あゆみ」が生まれるわけだが、そこが「あゆみ」という作品の魅力であった。
 とはいえ、男優だけによる上演というのは初めて。最初は奇異な印象も受けたのだが、ここまでのことを前提として考えれば実は「あゆみ」という戯曲に対してはあゆみを演じるのが全員若い女性であろうが、20歳代から30歳代の男優であろうが、演じることによって「あゆみ」のイメージを喚起させるという構造自体には何の違いもない。むしろ、女性が「あゆみ」を演じればどうしてもある程度は演じられる役のイメージは演じる俳優の見掛けや立ち居振る舞いに引っ張られるようになるが、男優が演じる場合はそういうことの度合いは少なくなるので、見る側が受け取るあるいは構築するイメージはより自由ななものになるとさえ言えるかもしれない。

Dance Project Revo double bill Tour 2017「大きな看板の下で」「I FORGOT MY UMBRELLA」

京都 2017年5月27・28日 / 東京 2017年6月3・4日 / 新潟 2017年6月10・11日
 
​振付・演出・構成 田村興一郎
​拠点もスタイルも異なるパフォーマーが集った群舞作品「大きな看板の下で」。
池上×田村の初デュオ作品「I FORGOT MY UMBRELLA」。
新作振付を二作品同時上演!!新潟、東京、京都の三都市へ挑む。

「大きな看板の下で」
群舞(ユニゾン)の価値を揺さぶる、
挑戦的なパフォーマンス。

【出演】  内田恭太 
      柿澤成直 
      きたのさえ 
      久保田舞
      嶋本禎子(虹色結社) 
      藤本茂寿

Dance Project Revo観劇。横浜ダンスコレクション最優秀新人賞の田村興一郎の新作2本立て。男性ダンスデュオの「I FORGOT MY UMBRELLA」が良かった。特に最初の方の動きが刺激的。ストリート系のムーブメントを細かく分解し繋ぎ変えた感じだが初めて見る動き。特に前半部分に動きのクリエイティビティーを感じた。
 デュオのダンスは当日パンフによれば新たな振付メソッドに基づいたものということのようだが、その試みはまだ始まったばかりでまだ模索の最中といえそうだ。最初の方の動きはストリート系ダンスのブレイクダンスとアニメーションダンスが動きの素材になっているようだが、それぞれのジャンル固有の動きはバラバラに分解されていて自在に繫ぎかえられていて、ヒップホップ系の動きにフォーサイス的な脱構築を試みているようにも見えた。動きの強度はかなりのもので、まだボキャボラリーの種類自体は少ないのでこれだけで1本の作品が持つほどの多様性はないが、面白い可能性を感じさせた。
 ただ、冒頭に感じたこうした方向性がさらに展開していくような期待はデュオの相手が田村の腕にコインを貼り付けた中盤以降トーンダウンしていく。メソッドというのであれば動きの質感が違ってもこの部分と最初の部分に共通する動き構築への意図のようなものが感じ取れるはずだと目を凝らしたがここにはそういうものを感じとることはできなかった。

shelf「アラビアの夜」@CLASKA

それはあるマンションの何気ない日常空間のはずだった。夏の夜、フランツィスカの同居人ファティマがいつものように帰宅する。マンションの9階以上の断水の理由を調べに管理人のローマイアーが訪れる。高層マンションの8階。フランツィスカはシャワーを浴びていた。彼女は何故か、仕事から帰ると夜毎ソファで眠りこけ、記憶を亡くす。部屋に訪れる2人の男。向いのマンションに住むカルパチ、ファティマの恋人カリル。現実的な世界に、象徴的なイスラムの幻想空間が入り込む。ファンタジーとリアルの境界が融解する。

shelf volume 24
Die arabische Nacht|アラビアの夜
[会場]CLASKA 8F "The 8th Gallery"
[日程]2017年6月2日(金)〜5日(月)

[作]ローラント・シンメルプフェニヒ(Roland Schimmelpfennig)
[翻訳]大塚直
[演出]矢野 靖人
stage performing rights: S. Fischer Verlag Frankfurt/Main

[出演]川渕優子 / 森祐介 / 沖渡崇史 / 横田雄平 / 井上貴子

 アラビアンナイトに材をとったドイツ作家の現代戯曲を翻訳上演した。5人の人物が登場するが、全員がモノローグで語るのが面白い。
二人の女が暮らす8階建てのマンションを舞台にある日の夜のそこでの出来事が語られるが最初同時進行であると思われていたそれぞれの登場人物の体験する出来事が時に出会うと思った人物が同じ場所にいるはずなのにすれ違ったり、アラビアンナイトの幻想空間にからめとられたり。時空がずれているのかパラレルワールドなのか。
日本に暮らす身としてはアラビアンナイトを下敷きとするリアリティーが実感としてはよく分からない。眠り続ける女を演じた女優に雰囲気があった。ローラント・シンメルプフェニヒという人は初めて見た作家だが、この作品を見ただけではどういう作風の広がりがあるのかがいまひとつ分からないところがあり、別の作品もいくつか見てみたいと思わされた。

ひび 公演 「ひびの、ひび/3×3=6月。9月じゃなくて」@VACANT(原宿)

作・演出 藤田貴大

2017年6月7日-9日/VACANT(原宿)

[Member]
伊藤眸 乾真裕子 梅崎彩世 大野真代 小川沙希 小西 楓 近藤勇樹 佐々木美奈 猿渡遥 高橋明日香 多田麻里子 辻本達也 中村夏子 難波有 伴朱音 的場裕美 宮田真理子 森崎花 山口千慧 若林佐知子 渡辺ひとみ 渡邊由佳梨

舞台「幕が上がる」映像上映会(有志での上映会)

原作:平田オリザ
キャスト:百田夏菜子 / 玉井詩織 / 高城れに / 有安杏果 / 佐々木彩夏 / 伊藤沙莉 / 芳根京子 / 金井美樹 / 井上みなみ / 多賀麻美 / 藤松祥子 / 坂倉花奈

 舞台観劇時の観劇レビュー(http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20150505/p1
舞台版「幕が上がる」が演劇作品としてどうなのかということについては観劇時にレビューとしてまとめた(その後加筆)のでそちらを参照してほしいのだが、今回は舞台版の映像をミニシアター級のスクリーンでひさびさに鑑賞してみて、観劇時には気がつかなかったいろんなことに気がついたのでそれを簡単に紹介してみたい。
 まず思ったのは映画もそうなのだが、本広克行監督のキャスティングの素晴らしさである。舞台を劇場で見た時には平田オリザの作品は同時多発的にいろんな出来事が展開するため、どうしても主要な登場人物を演じていることもあって、ももクロのメンバー(なかでも百田夏菜子 / 玉井詩織 / 有安杏果の3人)を目で追いがちになるが、映像ソフトを見るときにぜひ注目してほしいのはももクロ以外の女優たちの演技である。この舞台の後、ドラマで主演、朝ドラヒロインまで一気に上り詰めた芳根京子、現在朝ドラで米屋の娘として出演、今後の活躍が期待される伊藤沙莉青年団からの4人娘も映画「幕が上がる」でも目立っていた井上みなみ以外は当時は無隣館から入団したばかりのほぼ新人。いずれも舞台を見たときにはそこまで見て取る余裕がなかったのだが、その後の活躍ぶりが納得できるような魅力をこの舞台でも見せてくれている。
 そうした魅力がもっとも堪能できるのが2回行われるセリフ渡しの部分である。この部分は平田オリザの原戯曲の指定にはなくて、演出を担当する本広克行監督のアイデアとして後から付け加えられたものだが、それにはいくつかの狙いがあったと思われる。セリフ渡し自体はいわき総合高校で実際に俳優訓練の一環として実際に行われているらしいが、何かの戯曲を演じている俳優の演技に次々と見学していた他の俳優が割り込んできて、その演技を演じ継いでいくというものだ。物語上の設定としてはこれは「銀河鉄道の夜」の稽古の一環であって通常だったらメインのキャストがそのまま特定の場面を演じるところを、その日は稽古の欠席者がいるということもあってセリフ渡しを演じるということになるが、おそらく芝居としてはもうひとつ目的がある。というより、それがそもそもこの部分が入っている理由なのだと考えるが、演劇ではできればももクロメンバー以外の出演者にもそれぞれ見せ場をつくりたいということだったんだと思う。
 
 

[rakuten:hmvjapan:15413353:detail]

隣屋 第10回公演 「棄て難きはエリスが愛」「わが恥なき人とならん。」

原案 森歐外『舞姫』 / 作・演出 三浦雨林(隣屋、青年団演出部)

結成から3年。
道頓堀学生演劇祭vol.9・受賞作『或夜の感想』では芥川龍之介侏儒の言葉』『蜘蛛の糸』に。 最後の大学内公演『あるいはニコライ、新しくてぬるぬるした屍骸』ではトルストイ『光は闇の中で輝く』に。 利賀演劇人コンクール2016上演審査・受賞作では松岡和子氏・訳のシェイクスピアハムレット』に。 2016年、様々な先人たちの作品にアプローチを重ねた隣屋。

第10回となる次回公演は、森鷗外舞姫』を原案に2作品を上演致します。

この3年間、劇団・メンバーともに、それぞれに活躍の場を広げて参りました。 第10回公演、心新たに作品をつくりはじめます。ご期待ください。


『棄て難きはエリスが愛、』

― 他者に救われてみよう、わたしを貧乏や空腹から救ってくれませんか。

主人公とエリスが恋仲になっていくまでの物語を原案に創作。隣屋へ初参加となる4人が出演。

出演
大蔵麻月(白昼夢) 鶴田理紗(白昼夢) 林廉 渡部そのた(空白バカボン)


『わが恥なき人とならん。』

― 誰も触れないわたしの部分、思考、感情、記憶、人のせいにしたい。

主人公とエリスが共に暮らすようになってからの物語を原案に創作。隣屋所属の俳優、ダンサー、初参加となる2人の俳優と作品を創作する。

出演
永瀬泰生 御舩康太 (以上、隣屋) 藤谷理子 春山椋

期間:2017年6月7日(水)〜11日(日)
  会場:SPACE 梟門(新宿三丁目駅新宿駅



森鴎外の短編小説「舞姫」を原作とする2作品を同時上演。隣家の特徴のひとつは所属メンバーに俳優だけでなく、ダンサー(御舩康太)がいることで、それゆえ、作品が演劇とダンスの要素を適宜に組み合わせたものとなっていることだろう。2本の作品のうち、劇団のメンバーの2人が出演している「わが恥なき人とならん。」はそうした作風の作品であり、ダンス、演劇の要素を融合させた確固たるスタイルの存在を感じさせた。もちろん、元「水と油」の小野寺修二をはじめ、ダンス、演劇の両要素を組み合わせた舞台はこれまでにもあるが、隣家のそれは他の集団のそれにはない質感を感じさせるものに仕上がっており、この手法での完成度はかなり高い。
 実を言えば2本を続けて見終わった印象としては「舞姫」の上演としてはこちらで尽くされているとの印象が強く、演出家によれば「作品ごとにモチーフを変えている」(三浦雨林)ということのようだったが、正直言って2本やる必要はあまり感じられなかった。
ただ、今後を考えるとこれまでの隣屋のスタイルと比べるとより会話劇方向にシフトした1本目の作品も新たな方法論の模索としては必要だったのかもしれない。それは三浦が無隣館をへて、今春から青年団演出部に所属することになったからだ。青年団での上演はスタッフも含む公演の参加者には一定割合以上の青年団所属者が参加することが義務付けられている。そのため、今後はその枠内での上演では隣屋のメンバーを使っての少人数の公演は困難になり、それゆえ、若干の作風の変容が求められることになる。最初の作品はそのための準備の意味合いもあったのかもしれないが、まだ物足りない気がしたのも確かだった。

リーディングドラマ『ファンレターズ』@新宿シアターミラクル

【作・演出】じんのひろあき

リーディングドラマ『ファンレターズ』は往復書簡朗読劇『ラブレターズ』と言う、パルコ劇場で400回もやられている朗読劇のスタンダード演目

そのお芝居のスタイルを真似たものです。椅子に座った二人が交互にメールの文面などを読み上げていく。ただ、本家の『ラブレターズ』と違うところは、男女の組み合わせではなく、女性二人が交互に朗読する、というスタイルであること、そして、もう一つ大きな違いは、舞台上にいる二人のやりとりは交流していないということです。

2017/06/13(火)〜18(日)
6/13(火)  
20時   真田アサミ×清水愛
6/14(水)  
20時 倉田雅世×真田アサミ
6/15(木) 
★17時30分 二宮咲×永渕沙弥
20時     鹿野優以×田辺留依
6/16(金) 
★17時30分 植野祐美×鳥井響
20時     佐土原かおり×本多真梨子
6/17(土)  
13時     未浜杏梨×植野祐美
16時     倉田雅世×大久保ちか
20時     尾崎真実×鹿野優以
6/18(日)
14時  尾崎真実×佐土原かおり
18時  清水愛×本多真梨子

 往復書簡朗読劇「ラブレターズ」を真似てじんのひろあきが書いた朗読劇「ファンレターズ」を上演する企画。じんのが主宰する劇団「ガソリーナ」の公演となっているが、外部から大勢の出演者を招き、毎公演出演者あるいは配役が入れ替わり同じ組み合わせは一度もないようになっている。
朗読劇ということもあってか舞台女優以外に今回は声優も招き、キャスティングしているのも特徴。私が見た初日は真田アサミ×清水愛という2人の組み合わせ。2人とも普段は声優として活動している人たちで面白かったのは声優の朗読というのは初めて見た(聞いた)のだけれど、非常に興味深かったのは演技のアプローチが普段舞台で見ている俳優たちと全く違うんだということが分かったことだ。
 この「ファンレターズ」は表題の通りにとある小説家(ジュニアノベルの作家)に届く、ストーカー的なファンからの手紙とそれに対応した小説家が出版社などに送った手紙は2人の出演者によって交互に読まれていく構成となっている。「大きな違いは「ラブレターズ」が男女の組み合わせなのに対し、こちらは双方が女性であること。もうひとつは「ラブレターズ」が往復書簡で双方にやりとりがあるのに対し、こちらはそういう意味での交流はいっさいないことだ。
 ただ、その分だけ手紙の内容は個人的なやりとりにとどまらず、小説家からの作品のあとがきなどがメタ的に挿入されることで、手紙の中身として本人そのものだけではない複数のキャラが現れる。これを声優が演じるとそれぞれのキャラの台詞をただ読みあげるのにとどまらず、そこの部分だけをそれぞれ違うキャラとして演じ分けたりすることから、手紙の内容がまるでアニメのように立体的再現されてくるのだ。
 特にストーカー役の方は演じ方によってはもっとシリアスにあるいは怖く演じることもできるはずだが、かなりデフォルメされたアニメ・漫画的なキャラになっていた。おそらく、女優バージョンと声優バージョンではまったく違うものとなりそうで、個人差も大きいのでできれば他のバージョンも見てみたいのだが、スケジュール的にそれが困難なのが残念だ。

はなもとゆか×マツキモエ「WORM HOLE ワームホール」@こまばアゴラ劇場

構成 ・演出:松木萌 振付:花本ゆか 松木
出演 花本ゆか 松木萌 伊藤彩里 山田春江
スタッフ
舞台美術 奥中章人
照明 Yann Becker
音響 BUNBUN
舞台監督 河村都(CQ
制作 長澤慶太 山根千明
宣伝美術 KODAMA satoshi
宣伝映像 西垣匡基(ヨーロッパ企画
音楽協力 Public on the mountain
写真撮影 山口真由子

 京都造形芸術大学で同級生だったという松木萌と花本ゆか(KIKIKIKIKIKI)の2人のダンサーによるプロデュースユニット「はなもとゆか×マツキモエ」による初めての東京単独公演である。
きたまりの率いるKIKIKIKIKIKIにダンサーとして参加している花本ゆかは大学在学中からよく知っているが、ダンサーとしては珍しいぽっちゃり型の体型やそうであるにも関わらず幼少の頃からのバレエなどで鍛えられていることで柔軟性がありよく動く身体を持つなどきわめてユニークな個性を持っている。そうした花本特有のの魅力はこのユニットでもよく発揮され魅力のひとつにはなっているが、個性的なダンサーの特性が全面展開されるようなKIKIKIKIKIKIと比べると構成 ・演出を松木萌が担当していることもあってかかなりダンスとしての方向性が異なる。
 特に「WORM HOLE ワームホール」という作品では一種の宇宙論のようなものが展開されるのだが、マーラーの交響楽全作品を連続上演している最近のKIKIKIKIKIKIのように壮大なイメージが展開されるというわけではなくて、
クラシック曲に交じって劇中には西野カナPerfumeの楽曲に合わせて展開される場面も挿入されるなどきわめて日常的なイメージと隣り合わせなのが、今風のダンス作品といえるかもしれない。 
 

「根本宗子の面談室 VOL.14」@新宿ロフトプラスワン

2017年6月16日(金)19:30〜
出演:根本宗子
ゲスト:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

 根本宗子という人の名前は劇作家、演出家、女優として聞いたことはあったのだが、これまで舞台を見たことはなかった。この日はケラの話をひさしぶりに聞きたくて出かけたのだが、根本宗子という人、面白い。今度舞台があったらぜひ見に行きたいと思う。

はなもとゆか×マツキモエ「WORM HOLE ワームホール」(2回目@こまばアゴラ劇場

構成 ・演出:松木萌 振付:花本ゆか 松木
出演 花本ゆか 松木萌 伊藤彩里 山田春江
スタッフ
舞台美術 奥中章人
照明 Yann Becker
音響 BUNBUN
舞台監督 河村都(CQ
制作 長澤慶太 山根千明
宣伝美術 KODAMA satoshi
宣伝映像 西垣匡基(ヨーロッパ企画
音楽協力 Public on the mountain
写真撮影 山口真由子

 京都造形芸術大学で同級生だったという松木萌と花本ゆか(KIKIKIKIKIKI)の2人のダンサーによるプロデュースユニット「はなもとゆか×マツキモエ」による初めての東京単独公演である。
2回目の観劇だが、最初に見た時にはどうしても花本ゆかの動きと身体に目が向いてしまうこともあり、舞台美術や演出的な仕掛けなどがところどころ気になるところはあっても、作品全体の流れや意味合いについては正直言ってつかみかねるところがあった。
 ダンス作品だからはっきりとした物語とかがあるわけではないが、宇宙の悠久の空間の広がりや時間の流れを感じさせるマツキモエにより提供されたコンセプトが親子、あるいはそのまた子と子孫に受け継がれていくような人間を体現する花本ゆかと切り結んだような作品でダンスと演劇という違いはあるが主題や作品の構造的にはままごと「わが星」を連想させるようなところが2度目の観劇では見えてきた。
実は「WORM HOLE ワームホール」を見ている時にもうひとつ連想させる作品があった。それはサンプルがワーク・イン・プログレス公演「ブリッジ 〜モツ宇宙へのいざない〜」@アーツ千代田3331 B104として上演した作品だ。これは作品自体につながりがあるというよりはその作品に出てきた新興宗教が提唱する「モツ宇宙」という概念がこの舞台の最初に出てくる腸のようにも見える半透明のホール状の膜を連想させるところがあったからだ。つまり、腸のような形態をした宇宙ということいとなのだが、舞台が始まるとこの中に花本がいて、半透明だからはっきりとは見えないのだが、うごめいているのが分かる。
 
 

勅使川原三郎振付作品 アップデイトダンスNo.46「ペトルーシュカ」

アップデイトダンスNo.46「ペトルーシュカ
ストラヴィンスキーバレエ音楽ペトルーシュカ」。
ねじれよじれたシニカルサスペンスファンタジー。

出演 勅使川原三郎 佐東利穂子
演出/照明 勅使川原三郎

ピンク・フロイド/ザ・ウォール(1982) @Zepp Divercity東京


PINK FLOYD THE WALL
監督アラン・パーカー

ピンク・フロイドによる「ザ・ウォール」のライブ映像は昔テレビで見たことがあったから、絶響上映とはいえライブの記録映像の上映なのだと思い込んでいたのだが、違っていた。ピンク・フロイドのLP「ザ・ウォール」の曲とコンセプトを基にしたものであるが、上映されたのはアラン・パーカー監督による映画作品なのだった。
 こんな風な勘違いをしたのは今回のチケットを購入するきっかけになったのがポール・マッカートニーウィングスのライブ映像の上映会の後にこの企画の次の作品は「ピンク・フロイド/ザ・ウォール」ですなどという紹介だったためだ。もちろん、チケットを購入する前も後もサイトなどで確かめる機会は何度もあったわけだから、単なるこちらの落ち度ではあるわけだが、この作品「PINK FLOYD THE WALL」がとてつもなくよかったのだ。

サンプル「ザ・ブリッジ (The Bridge)」@KAAT

【作・演出】
松井 周

【出演】
古舘寛治奥田洋平、野津あおい、羽場睦子、武谷公雄、伊東沙保、鶴巻紬、山田百次

舞台監督:谷澤拓巳
舞台美術:杉山 至
照明:吉本有輝子(真昼)
音楽:宇波 拓
音響:牛川紀政
衣裳:小松陽佳留
演出助手:池田 亮(ゆうめい)
WEBデザイン:斎藤拓
宣伝写真:momoko japan
フライヤーデザイン:京(kyo.designworks)
制作:冨永直子、富田明日香(以上quinada)

協力/ZACCO、青年団、レトル、プリッシマ、ギフト、東京デスロック、劇団野の上、青年団リンク ホエイ、至福団、六尺堂、une chrysantheme、水天宮ピット、シバイエンジン


主催:一般社団法人サンプル、有限会社quinada
提携:KAAT神奈川芸術劇場

助成:平成29年度文化庁文化芸術振興費補助金舞台芸術創造活動活性化事業)

1月のサンプルワーク・イン・プログレス公演「ブリッジ 〜モツ宇宙へのいざない〜」@アーツ千代田3331 B104*1をへての本公演。

青年団第76回公演「さよならだけが人生か」@吉祥寺シアター

作・演出:平田オリザ

2017年6月22日(木)-7月2日(日) 15ステージ

会場:吉祥寺シアター

チケット発売中

『さよならだけが人生か』(2000)©青木司

「そのとき日本の演劇界が青年団を発見した」とも言われる劇団の出世作
待望の再演。


東京都内某所の雨が続く工事現場に、折り悪く遺跡が発見される。
遅々として進まない工事。
工事現場の人々、発掘の学生達、ゼネコン社員や文化庁の職員など、
様々な人間達がだらだらと集まる飯場に、ユーモラスな会話が、いつ果てるともなく繰り広げられる。
青年団史上、もっともくだらない人情喜劇。

1992 年に初演され、「そのとき日本の演劇界が青年団を発見した」とも言われる劇団の出世作
2000 年 のリニューアル上演以来、16年ぶり待望の再演。

 出演:

・工事現場の人々

 山内健司:宮内政人(おっさん)

 荻野友里:宮内ミカ(おっさんの娘)

 佐藤滋 :鈴本大次郎(うるさい男)

 小林智 :篠塚昭利(少し静かな男)

 大村わたる:橋本良二(バイトの警備員)

 森内美由紀:山口珠恵(掃除する女)

 井上みなみ:井出牧子(新入りの掃除する女)

 石橋亜希子:辻房枝(足を折った人)

・発掘の人々

 石松太一:岸本健三郎(助手)

 藤松祥子:高木晴美(留学する女の学生)

 前原瑞樹:藤野智明(男の学生)

 小林亮子:小野時子(女の学生)

 寺田凛 :白石桂子(歯が痛い女の学生)

・その他の人々

 太田宏 :大蔵喜一(男の社員)

 小瀧万梨子:月島郁恵(女の社員)

 串尾一輝:トカレフ(新人社員)

 伊藤毅 :門田義男(訪問者)

 立蔵葉子:星野千絵(文化庁の女)

青年団第76回公演「さよならだけが人生か」(2回目)@吉祥寺シアター

作・演出:平田オリザ

『さよならだけが人生か』(2000)

「そのとき日本の演劇界が青年団を発見した」とも言われる劇団の出世作
待望の再演。東京都内某所の雨が続く工事現場に、折り悪く遺跡が発見される。
遅々として進まない工事。
工事現場の人々、発掘の学生達、ゼネコン社員や文化庁の職員など、
様々な人間達がだらだらと集まる飯場に、ユーモラスな会話が、いつ果てるともなく繰り広げられる。
青年団史上、もっともくだらない人情喜劇。

1992 年に初演され、「そのとき日本の演劇界が青年団を発見した」とも言われる劇団の出世作
2000 年 のリニューアル上演以来、16年ぶり待望の再演。

出演

山内健司 小林 智 太田 宏 石橋亜希子 荻野友里 小林亮子 立蔵葉子 森内美由紀 石松太一 伊藤 毅 井上みなみ 小瀧万梨子 佐藤 滋 前原瑞樹 串尾一輝 藤松祥子 大村わたる 寺田 凜

 平田オリザ作品のうち一番、玉田真也の作風と接近したのは「さよならだけが人生か」かもしれない。

2000年12月29日、シベリア少女鉄道「もすこしだけこうしていたいの」(2時半〜)、青年団「さよならだけが人生だ」(7時〜)、30日、竹中直人の会「隠れる女」(2時〜)、えんぺ大賞選考会(5時半〜)、31日、サモアリナンズ「マクガフィン」(8時〜)。1月1日青年団「さよならだけが〜」、2日「ニューイヤー華麗なるバレエ・ワルツの祭典」(3時半〜)、3日、レニングラード国立バレエ「眠りの森の美女」(2時半〜)。

 この舞台はシードホールで上演された初演は見てはいないが、2000年末から2001年始にかけて上演された再演は見ている。しかし、過去の日記風雑記帳を確認しても見たということしかなくて、内容に関する言及がまったくない。おそらく内容的に書くことがなさすぎてレビューを書くことができなかったのではないかと思われる。観客発信メディアWLに書いた玉田企画「少年期の脳みそ」論*1に「玉田の作品は平田オリザ流の群像会話劇のスタイルに近い。どちらも切り取られた一定時間の(ほぼ)一定の場所をリアルタイムで描写していくが、決定的に違うのは平田の演劇は一見切り取られたその場所に起こった微細な出来事を語っているように見えて、その射程が『切り取られたフレーム』の外側に広がる世界を描くことに向かっているのに対し、玉田にはそういう志向がまったくないことだ」と書いたのだが、この「さよならだけが人生だ」では海外留学や転勤という社会的契機にともなう「別離」というものが変奏され、幾分かの外部の存在は提示されるが、そこから社会的状況や世界のあり方に大きな広がりを見せていくことはない。
  実は昨年上演された平田オリザの新作「ニッポンサポートセンター」について演劇批評誌「シアターアーツ」Webに以下のような劇評(抜粋)を書いた。

 「クルマパソコンケイタイ電話 原発軍隊何でもあるさ 日の丸かかげて歌え君が代 ほんにこの国よい国じゃ あとはなんにもいらんいらん 余計なものはいらんいらん」という歌詞を舞台上にいる俳優が皆加わり、この部分を群唱するのだ。(中略)歌詞内容からして明らかに政府批判の歌であり、平田がこの歌を舞台上の俳優に歌わせることで現政府に対する批判を行ったという印象を与えるラストであったことは間違いない。ここでこの作品が「未来」ではなく「現代」を描いていることの意味合いが浮かび上がってくる。

 安部政権は参院選勝利を収め、改正賛成派で憲法改正の発議に必要な衆参両院で3分の2以上の議席を確保したが(この作品が書かれたのは選挙前ではあるが)平田が現在のそうした政治的な状況に大きな危機感を感じている。それがこうした異例の舞台を書かせた要因のひとつとなったのではないかと思われたからだ。

 さらに続けて無隣館との合同公演として上演された「南島俘虜記」も一部の評者は現在の政治状況とのシンクロニシティーを指摘した。ところがどうやら、作者の平田オリザはそういう政府批判な文脈で自分の作品が取り沙汰される風潮に対し、批判的なようだ。アフタートークではこういう世相だからこそあえて青年団史上もっともくだらない人情喜劇であるこの芝居を上演したなどとしたうえで、最近の若手劇団に散見されるという自らの政治的主張を作品に代弁させるような作風(ならびにそれを高く評価する一部の批評など)に対し批判的な立場を明らかにした。
 そうした立場は私自身も共有するものだが、そうであっても平田のように社会に対する批評的な視点を持つ作品の方を玉田真也の作品のように描かれた対象の外部を感じさせないような作品よりも幾分高く評価しがちな傾向は私にもある。今回の舞台を見ながらそうした見方が本当に適切なものなのかどうか、もう一度考えてみたいと思った。

*1:【劇評】純度の高い笑い 確信犯で体現 劇評テーブルvol.4―玉田企画『少年期の脳みそ』より 中西理 http://theatrum-wl.tumblr.com/post/159881055911/%E5%8A%87%E8%A9%95%E7%B4%94%E5%BA%A6%E3%81%AE%E9%AB%98%E3%81%84%E7%AC%91%E3%81%84-%E7%A2%BA%E4%BF%A1%E7%8A%AF%E3%81%A7%E4%BD%93%E7%8F%BE

青年団第76回公演「さよならだけが人生か」(3回目)@吉祥寺シアター

作・演出:平田オリザ

2017年6月22日(木)-7月2日(日) 15ステージ

会場:吉祥寺シアター


「そのとき日本の演劇界が青年団を発見した」とも言われる劇団の出世作
待望の再演。


東京都内某所の雨が続く工事現場に、折り悪く遺跡が発見される。
遅々として進まない工事。
工事現場の人々、発掘の学生達、ゼネコン社員や文化庁の職員など、
様々な人間達がだらだらと集まる飯場に、ユーモラスな会話が、いつ果てるともなく繰り広げられる。
青年団史上、もっともくだらない人情喜劇。

1992 年に初演され、「そのとき日本の演劇界が青年団を発見した」とも言われる劇団の出世作
2000 年 のリニューアル上演以来、16年ぶり待望の再演。

 出演:
・工事現場の人々
 山内健司:宮内政人(おっさん)
 荻野友里:宮内ミカ(おっさんの娘)
 佐藤滋 :鈴本大次郎(うるさい男)
 小林智 :篠塚昭利(少し静かな男)
 大村わたる:橋本良二(バイトの警備員)
 森内美由紀:山口珠恵(掃除する女)
 井上みなみ:井出牧子(新入りの掃除する女)
 石橋亜希子:辻房枝(足を折った人)

・発掘の人々
 石松太一:岸本健三郎(助手)
 藤松祥子:高木晴美(留学する女の学生)
 前原瑞樹:藤野智明(男の学生)
 小林亮子:小野時子(女の学生)
 寺田凛 :白石桂子(歯が痛い女の学生)

・その他の人々
 太田宏 :大蔵喜一(男の社員)
 小瀧万梨子:月島郁恵(女の社員)
 串尾一輝:トカレフ(新人社員)
 伊藤毅 :門田義男(訪問者)
 立蔵葉子:星野千絵(文化庁の女)

 表題の「さよならだけが人生か」は于武陵という人の「勧酒」と題した漢詩井伏鱒二が訳した訳詩に出てくる「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」という一節から取ったものである。

勧酒  (于武陵)      酒をすすむ 

勧君金屈巵         君に勧む 金屈卮
満酌不須辞         満酌 辞するを須いず
花発多風雨         花発けば 風雨多し
人生足別離         人生 別離足る

   直訳                    井伏鱒二
君に この金色の大きな杯を勧める         コノサカヅキヲ受ケテクレ
なみなみと注いだこの酒 遠慮はしないでくれ    ドウゾナミナミツガシテオクレ
花が咲くと 雨が降ったり風が吹いたりするものだ  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
人生に 別離はつきものだよ            「サヨナラ」ダケガ人生ダ

井伏鱒二の訳詩から引用したとは書いたが平田オリザは実は表題にするにあたってちょっとした変更を加えている。「サヨナラだけが人生だ」とあったのを「さよならだけが人生か」と「だ」を「か」にしているのだ。


青年団リンク玉田企画「今が、オールタイムベスト」@アトリエヘリコプター

青年団演出部に所属する玉田真也の作品を上演するための演劇ユニット。日常の中にある「変な空気」を精緻でリアルな口語体で再現するコメディを作る。観る者の、痛々しい思い出として封印している感覚をほじくりだし、その「痛さ」を笑いに変える。

作・演出:玉田真也
出演
宮崎吐夢 浅野千鶴(味わい堂々) 神谷圭介(テニスコート) 菊池真琴
木下崇祥 玉田真也 野田慈伸(桃尻犬) 堀夏子(青年団) 山科圭太
スタッフ
舞台監督:宮田公一 舞台美術:濱崎賢ニ(青年団
照明:井坂 浩(青年団) 音響:池田野歩 衣装:根岸麻子(sunui)
演出助手:川合檸檬 構成協力:木下崇祥 宣伝美術:牧寿次郎
制作:足立悠子、小西朝子、井坂浩

 これまで中学生、大学生などのいわば同質性が強い小集団の中での閉じた関係性から生み出させる微妙な空気感を笑いに転換してきた玉田真也。今回登場するのは社会人である大人たちだが、舞台の描写が社会に開かれていくというようなことはいっさいなく、相変わらずの玉田節である(笑)。
 相変わらず絶妙の面白さ。今回は小空間ながら回り舞台を巧みに使いこれまでにないインティメートな空気感も演出。新たに参加の男優2人(神谷圭介宮崎吐夢)もそれぞれの持ち味を生かし笑いの世界に一層の厚みが生まれた。今後がますます楽しみだ。

劇評テーブルvol.4―玉田企画『少年期の脳みそ』より 中西理 http://theatrum-wl.tumblr.com/post/159881055911/%E5%8A%87%E8%A9%95%E7%B4%94%E5%BA%A6%E3%81%AE%E9%AB%98%E3%81%84%E7%AC%91%E3%81%84-%E7%A2%BA%E4%BF%A1%E7%8A%AF%E3%81%A7%E4%BD%93%E7%8F%BE

青年団リンク玉田企画「今が、オールタイムベスト」@アトリエヘリコプター

青年団演出部に所属する玉田真也の作品を上演するための演劇ユニット。日常の中にある「変な空気」を精緻でリアルな口語体で再現するコメディを作る。観る者の、痛々しい思い出として封印している感覚をほじくりだし、その「痛さ」を笑いに変える。

作・演出:玉田真也
出演
宮崎吐夢 浅野千鶴(味わい堂々) 神谷圭介(テニスコート) 菊池真琴
木下崇祥 玉田真也 野田慈伸(桃尻犬) 堀夏子(青年団) 山科圭太
スタッフ
舞台監督:宮田公一 舞台美術:濱崎賢ニ(青年団
照明:井坂 浩(青年団) 音響:池田野歩 衣装:根岸麻子(sunui)
演出助手:川合檸檬 構成協力:木下崇祥 宣伝美術:牧寿次郎
制作:足立悠子、小西朝子、井坂浩

青年団・現代演劇を巡る新潮流 vol.2 玉田真也(青年団リンク 玉田企画)評論編 https://spice.eplus.jp/articles/66009
青年団・現代演劇を巡る新潮流 vol.2 玉田真也(青年団リンク 玉田企画)インタビュー編 https://spice.eplus.jp/articles/65513

劇団☆新感線「髑髏城の七人」Season鳥 @豊洲 IHIステージアラウンド東京

作:中島かずき
演出:いのうえひでのり
出演:阿部サダヲ 森山未來 早乙女太一 松雪泰子 粟根まこと 福田転球 少路勇介 清水葉月 梶原善 池田成志ほか

 劇団☆新感線は関西に本拠を置いていた時代から大好きな劇団なのだが、チケットがとりにくいのとチケット代が高いのが玉にきずで、ふと気がついたら最近はすっかり遠ざかっていた。一昨年に新劇場と同じ豊洲にある豊洲PITで行われたライブ*1は見ていて、だからそんなにひさしぶりという気もしなかったのだが、「髑髏城の七人」の過去の上演をいつ見ていただろうかと思い、調べるためにサイト内検索をしてみたところ、2004年5月19日に劇団★新感線「髑髏城の七人(アカドクロ)」*2 *3を観劇していたことが分かったが、新感線の舞台の観劇記録は10年11月30日の「鋼鉄番長」が最後になっていることが分かった。もっとも、サイトの観劇記録には漏れが多くて、明らかに観劇の記憶はあるのに書いてないものも多く、はっきりしたことは分からないのだが、ひさしぶりの劇団☆新感線観劇であることは間違いない。
観劇後の印象を一言でいうといかにも劇団☆新感線らしいスピード感覚に溢れた活劇で多いに楽しんだ。とは言え、前回の「アカドクロ」観劇から13年もの年月が経過しているので記憶があいまいになっているとは言え、「髑髏城の七人」は確か信長の影武者の話だったのではないか? 前述の感想でも「直接に影響が指摘できそうなのは『影武者』であるのはこの物語が『もうひとつの影武者』として構想された物語であることを考えれば間違いないであろう。『影武者』は武田信玄の影武者を巡る物語であるが、こちらは織田信長の影武者2人の対決を軸に物語が展開する。これを1人2役で古田新太が演じるのだが、古田の役者としての最大の魅力はヒーローと悪役の両方を魅力的に演じることができることで、その意味ではこの脚本はまさに古田のために書かれた脚本と言ってもいいかもしれない」としている。
 今回は1人2役はないが、このバージョンで出演している森山未來早乙女太一が出て上演された版があるから今回大きく書き換えたのではなく、これはそれを基にして細かな変更を加えたものなのであろう。
この版では登場人物のうち、3人が信長の側近というのはあっても影武者という設定はなくなっている。だが、それだとそもそも天魔王が覆面を付けて出てきたり、捨の介を天魔王が身代わりにしようするなどの設定は説得力があまりないのではないか。殺陣やダンスのレベルは高まり、物語の展開のスピード感は数段増したが、芝居としての説得力という意味では以前見た「アカドクロ」に少しだけ分があるように思った。

*1:旗揚げ35周年を記念したライブイベント「新感線MMF」2015年10月

*2:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20040519

*3:CINEMA☆SHINKANSEN http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20041031